立岩 想さん 美和子さん
(神戸からIターン)
「一からつくる」より「受け継ぐ」。
動物病院の事業承継から始まった出雲暮らし
出雲市駅から車でおよそ5分の住宅街に位置する「あるぱ動物病院」。地域に根ざしたペット医療をおこなってきた前院長の想いを事業承継という形で受け継いだのが、獣医師の立岩想さんと動物看護師の美和子さんご夫妻。東海、関西で経験を積んだお二人は、出雲という新たな地で「一から新しくつくる」のではなく「これまで積み重ねられてきたものを引き継ぐ」という選択でIターンを選びました。その経緯や、出雲という土地で感じたこと、今後の夢についてお話を伺いました。
現院長の想さんと、動物看護師として支える美和子さん。
それぞれ生まれ育ちはどちらになりますか?
想さん
「生まれは東京ですが幼稚園の年長から小学校卒業までは長野県で過ごし、中学・高校は京都、その後岐阜大学の獣医学科へ行きました。妻とはそこで出会っています。」
美和子さん
「私は高校まで京都で育ち、岐阜大学へ進学しました。獣医を目指していましたが、学力的に難しく、動物に携われる応用生物科学部(農学系)に入学しました。母方の実家が島根県益田市にあり、祖父母が亡くなった後に両親もそちらへ移ったので、今は京都に実家はありません。」
お二人とも京都から岐阜の大学へ進学されていますが、地元で面識はあったのでしょうか。
想さん
「全く知りませんでした。ただ、大学受験の帰りに偶然同じ電車になったんです。妻のお母さんが話しかけてくださいました。」
美和子さん
「私は試験に疲れて会話に参加していませんでしたが(笑)当時は携帯電話を持っていなかったので、そのまま別れました。その後、別の高校に通っていた古い友人が『私の高校の友達も岐阜大学の獣医学科に受かったらしいよ』と言っていて。京都から岐阜大学の獣医学科に進学する人は限られていたので、『もしかしてあの人では』という感じで繋がりました。」
想さん
「実際に面識を持ったのは大学入ってからなんですけどね。お互いにツキノワグマ研究会※に入っていて、活動を通じて意気投合しました。」
※クマの糞の分析や林業被害の調査などの生態を研究する会。
入試直後の偶然の出会いはご縁を感じますね。卒業後はどのような進路を選ばれましたか?
美和子さん
「私は製薬会社や牧場への就職も考えましたが、将来的に彼が開業する可能性を踏まえ、動物看護師の道に進みました。当時はまだ国家資格制度がなく、実地で経験を積む形だったので、未経験でも雇っていただけたのはありがたかったです。」
想さん
「獣医学科は6年制なので、私はその2年後に卒業しました。岐阜の動物病院に就職し、働きながら休日は大学で研修を受けていました。ただ、その病院は犬猫診療が中心だったんです。もともとエキゾチックアニマル(犬猫以外の飼育動物)についても勉強したい気持ちがあったので、3年ほど勤務した後、神戸のエキゾチックアニマルに詳しい病院へ転職しました。ちょうど妻の妊娠・出産の時期でもあり、節目という理由もありました。」
関東や九州なども専門病院はありますが、神戸を選ばれた理由は何でしょうか。
想さん
「人が多すぎる環境はあまり得意ではないこともありますし、この頃には妻の実家が京都から島根県益田市に移っていました。今後のためにも京都や益田にアクセスしやすいところがいいな、と考えて神戸を選びました。学会などで東京や大阪にも出やすい立地が良かったですね。」
神戸での勤務はいかがでしたか?
想さん
「診療だけでなく、他の先生方とエキゾチック分野の共同論文を発表するなどさまざまな経験をさせていただき、知見が広がりました。」
美和子さん
「実は私も一緒の病院で働く予定だったのですが、待機児童が多くて預けることができず…。」
想さん
「空きを待っている2年くらいの間に出雲で病院を継ぐ話が進んでいたので、結局一緒に働くことはできなかったんです。」
出雲での独立の話に繋がるのですね。どのような経緯だったのでしょうか。
想さん
「コンサルタント経由で『引継ぎを探している病院がある』と聞いたのがきっかけです。一から開業するよりも、今あるものを壊さずに承継していくほうが自分らしいと思いましたし、正直なところ資金面の問題もありました。」
美和子さん
「もともと開業するとしても事業承継のほうがいいよねという話はしていましたね。」
想さん
「他県の病院も候補にありましたが、事業承継の相談で出雲へ訪れた際に『住みやすそうだな』と感じたのが決め手です。生活や移動に困らなさそうなこと、妻の実家が近いこと、空港があるので県外に出やすいこと、子育てがしやすそうなこと、そういった面で総合的に、出雲という土地に惹かれました。」
出雲の第一印象と実際の暮らしにギャップはありましたか?
想さん
「特にギャップはないですね。実際に住んでみるとやっぱり住みやすい。自分にとってちょうどいい環境だと思ってます。」
美和子さん
「移住したタイミングがコロナの発生直後だったため、移住前は『出雲は閉鎖的なのでは』と心配でした。でも実際はそんな事なくて、地域の方もスタッフの皆さんも優しく接してくださいました。保育園に入った頃『早めに来れて良かったですね』と声を掛けてもらって安心したのを覚えています。
それと神戸では坂が多くて移動が大変でしたが、出雲は自転車移動がしやすいと感じています。図書館や科学館なども近いですし、体験教室とかで抽選になったりすごい行列に並んだりすることもないので、神戸に居たときよりのびのび子育てできています。」
想さん
「仕事でも学会やセミナーなどはオンラインが増えましたし、空港が近いので神戸に住んでた時より早く東京に行くことができるので大きな不便は感じていません。」
病院の引継ぎはいかがでしたか?岐阜や神戸の病院との違いなどもありましたらお願いします。
想さん
「私と前院長はあえて一緒に働く期間を設けずバトンタッチで交替したのですが、スタッフがそのまま残ってくれたのでとても助かりました。患者さんのことを把握していて頼りになりましたし、飼い主さんにとっても安心感があったと思います。
また、動物医療として珍しいのは、地域の病院同士のネットワークがあることでしょうか。他県では競争意識が強い地域もありますが、このあたりは『〇〇病院が休みの場合□□病院へ』という感じで患者さんを引き継ぐことも多く、良い協力体制があると感じています。」
移住を振り返って、“やっておけばよかった”と思ったことはありますか?
想さん
「もう少し早めに行政へ相談しておけばよかったという後悔はありますね。私たちはコンサルタント経由で病院を承継しましたが、検討段階で相談していればそのコンサル費用も対象になった可能性があるので…。」
美和子さん
「引っ越し後に『実はこういう制度があった』と知ることもありましたね。市役所で案内いただけるものもありますが、内容や条件など色々あるので事前に細かく調べておけばよかったと思います。」
将来的にこういう事がやりたい、など夢や展望はありますか?
想さん
「出雲に来て通勤が楽になったぶん運動不足が気になりまして(笑)以前から自転車が好きだったこともあり、最近は休みの日に瀬戸内や出雲の大会に出て走っています。積極的に体を動かして健康に気をつけたいですね。
仕事面では、自分は獣医腫瘍科認定医であり、エキゾチックアニマルの学会にも所属しているので、専門分野をさらに深めたい気持ちがあります。ただし一番は、犬猫以外でも『ひとまず何でも診れる』受け皿的な病院でありたいと思っています。『専門外だから診られません』ではなく『分かる範囲で良ければ診ます』という姿勢で知識を広げ、第一声で断ることのない病院にしたいです。」
美和子さん
「私は現在、基本的に病院の事務なので彼がやりたい事を支えつつ、子どももまだ幼いのでバランスよく働いていけたらと思ってます。あとは趣味の家庭菜園や多肉植物など園芸も楽しみたいと思います。」
ありがとうございます。
最後に、UIターンを考えている方へメッセージをお願いします。
美和子さん
「出雲に来る前は閉鎖的なんじゃないかという不安がありましたけど、皆さん優しくて困ったことは無いですね。むしろ不自由なく暮らせていることに驚いているくらいです。」
想さん
「出雲は有名な観光地だけどやっぱり田舎なのかな、不便なのかな、とかいう印象があったのですが、来てみたら自分達にとってはすごく過ごしやすくて、住んで良かったと感じています。人によって『都会が良い』とか『離島が良い』とか自分に合う地域があると思うので、やっぱりまずは実際に来てみることが一番だと思います。」
インタビューの終わりに教えていただきましたが、あるぱ動物病院の「あるぱ(Arpa)」は、前院長が音色に惚れ込んだ南米の竪琴の名前から付けられているとのことでした。明るくやさしい音色が特徴で、受付には小さなレプリカも飾られています。
あるぱ動物病院は前院長から受け継いだ地域とのつながりを大切にしながら、アルパの音色のように人や動物へ明るく優しく寄り添う存在として、これからも地域の動物医療を支えていくことと思います。
立岩想さん、美和子さん、貴重なお話をありがとうございました。
写真・取材・文 宇佐美 桃子